『着倒れの都』京都は、また『飾り倒れの都』として、古くからすぐれた装粧品を作り続け、安政2年には業界の組合も結成され(京都小間物化粧品組合)、幾多の変遷を経て現在に至っております。
今日、京都の装粧品といわれるものは、櫛、かんざし、針をはじめ、各種装身具、袋物、和装小物ほか多種に及んでいる。
装粧品類が一般化し、庶民にも広く用いられるようになるのは桃山時代以降で、各種の髪飾りや煙草入れなどが流行する。さらにポルトガル、スペインの影響も受け、技巧や意匠も、より高度なものとなった。
今日でも、京都の装粧品を代表するもののひとつに、黄楊の櫛がある。古来、髪型の変化とともに、櫛の型もさまざまに変ったが、黄楊の櫛は常にその最上級品の名をほしいままにしてきた。その技法は延喜式にすでに見られる。
又、京かんざしと云えば舞妓さんのつける十二ヶ月飾りに代表される、つまみかんざしがある。羽二重を花・蝶・鳥等の意匠にあわせて染色し、のり付け、裁断、つまむ、ふく、組上げ、仕上げの七工程を経て出来上がる。髪型の変化に伴い現在では子供の成長を祝う七・五・三飾りとしての需要が最も多く、晴着の衣装を一層ひきたたせている。
針は平安時代初め、京都の西市という市場で売られていたという記録もあるが、現在のような実用的な縫針の機能をもつものが出るのは、鎌倉、室町時代以降で、その頃から縫針職人が姉小路付近に集まるようになる。
以来、縫針といえば京都『みすや針』といわれるようになり、全国に販路を広げ、京みやげとしても愛好されてきた。
楊(つげ)櫛製作工程
木材の乾燥
1
天日乾燥
・板締め
・燻蒸
2
板削り
3
歯挽き
4
歯摺り
5
成形
6
木賊研磨
7
椋葉研磨
8
椋葉研磨
9
苧作り・艶出し
10